無苦庵記【気づきブログ】

バブル期の自動車&甘味に目がない経営コンサルタントの拙いブログです。

スーパースター

彼との出会いは小学5年生の秋。

当時、万博公園の近くに住んでいた私は、友人達と万博少年野球場まで自転車を走らせ
そこで毎週末に開催されているリトルリーグの試合を観戦する、というのがささやかな楽しみでした。

 

そして、あの日の衝撃は今も忘れられません。

球場に到着し、いつものようにバックネットの観客席を陣取るやいなや
マウンドに立っている、高校生のように大きな体格の少年が目に入ってきたのです。

 

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ドシィィン!

豪速球です。

 

もちろんまともに打ち返せる奴なんておらず、あっさりチェンジすることに。

 

そして、彼に打席が回ってきました。

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キィィン(ゴシャッ)!

彼の放った打球は、場外へと消えていったのです。
少年野球場とはいえ、バックスクリーンや観客席を備える立派な野球場で、です。

 

2打席目。

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キィィン(ゴシャッ)!

球は再び場外に消えていきます。

 

思わず
「あいつ、ほんまに小学生なんか?」
という言葉がため息と一緒に漏れました。

 

いや、それはそれとして
金属バットだからキィィンは分かるのですが、ゴシャッってのは何だゴシャッってのは。

 

「あれな、球の潰れる音や」
カールのチーズ味を頬張る私の隣に座る、彼の師匠だと名乗るおっちゃんがニヤけた顏で教えてくれました。

 

「お前な、スナック菓子なんか食っとったらあかんで。ワシはな、あいつには絶対そんなん食わせたらへんねん」
と、私の頭を軽く小突きながら誇らしげに話しを続けます。

 

「あいつ、凄いやろ?」
おっちゃんは、彼が私と同い年で
誕生日が2日違いだということを教えてくれました。

彼は正真正銘の小学生だったのです。


『凄いなんてもんやない、怪物や』


『こういうやつが将来プロになるんやろな』と思って、バックスクリーンに並ぶ中から彼の名を探す。

 

岸和田リトルリーグの、彼の打順を示すプレートには【清原】と記されていました。


その後、中学生になった頃には「清原」の名は広く関西で知れ渡り
高校生以降の知名度については、ここでいちいち語るまでもないでしょう。

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あんな幼い頃から、彼はスーパースターという重圧と闘ってきたのです。

 

だから、なぜ薬物に手を染めてしまったのかなんて
平々凡々とした人生を送ってきた私(ら)ごときに、わかりっこありません。

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奇しくも本日は彼の誕生日。

誰がなんと言おうと、私は清原和博の復活を待望しています。