30年くらい前のCMだったでしょうか。
故・緒形拳さん扮する社長を乗せたクルマが社屋に到着。
運転手の開けるドアから社長が降りてくるやいなや、幹部と思しき十数名の取り巻き達がせわしなく決裁だの助言だのを一斉に求めてきます。
エントランスでも、エレベーターでも、廊下でも、御構いなしに群がる幹部たち。
社長は鬼の形相でそれらを捌きながら、早足で社内を駆け抜けていく。
そして辿り着いた先は社長室。
半ば強引に入って来ようとする幹部たちを力任せに閉め出し、ドアにカギをかけた瞬間、室内は静寂に包まれました。
デスクに座った彼はひとつ溜め息をつき、おもむろに受話器を手にします。
いったい誰に電話をするのでしょう。
少しの沈黙の後
彼の表情が鬼から一変、子どものような無邪気な笑顔に変わりました。
「あぁ、かあちゃん?うん、元気。心配すんなって」
いつも私を心配してくれていた母を亡くして6年が経つ今になって
あらためてこのCMに想うところは多い。
明日は、その母の命日。
親孝行もロクにしてやれんかった上に、いっぱい心配かけてごめんな。
「生まれ変わっても、やっぱりおかあちゃんの子に生まれてきたいわ」
晩年、腰の手術で入退院を繰り返し、辛い寝たきり生活を余儀なくされていた母が
その苦痛に耐えきれず「もう死にたい」と洩らした時
一度だけその気持ちを伝え、大粒の涙を流して喜んでもらえたことだけが、せめてもの慰めになっています。
さて、明日は仏前で何と声をかけてやろうか。
うん。やっぱりこれかな。
「心配すんなって」