無苦庵記【気づきブログ】

バブル期の自動車&甘味に目がない経営コンサルタントの拙いブログです。

ラスト・メルセデス(W140)

世界で最初に自動車を開発・製造したメルセデスベンツ


最初というからには元祖。
元祖というからには本家。
本家というからには本物。
本物というからには、他の自動車は全て「ニセモノ」「コピー品」「パチもん」「バッタもん」ということになるのかも知れません。


それはさておき
その昔、いや、昔といっても30年くらい前までの昔ですが
メルセデスという会社はコスト度外視のクルマ作りをしていたと言われています。


自動車に限らず
通常、製品という物はマーケティングなるよくわからん行為によって
予めスペックや販売価格や儲けや原価なんかを決めて、予算というがんじがらめの制約下で作られるわけなのですが

ここんちは「最善か無か」のスローガンのもとで、学者さんとかお医者さんなんかに横から口をバンバン出されながら自分たちが正義だと考えるクルマを作り
出来あがった後から製造原価が幾らかかったのかを算出し、そこに儲けを乗っけて販売価格を決めるといった
ちょっと今では考えられないような過剰品質とも評されるクルマを世の中に提供していたのですね。


当然、世界中の自動車メーカーはメルセデスベンチマークとして
次々にメルセデスチックなクルマをお安く大量に作ってリリースしていきます。


安いだけではありません。
バブル期になると、カタログ上での性能では本家を凌駕するクルマも続々と現れ始めました。


もちろんクルマとしての本質的な、基本的な部分には歴然とした差があったものの
正直、素人のチョイ乗りぐらいではクルマの出来の良し悪しなど分からない。


そんな時代がやってきたのです。


こうして競争が激化すると「商品力のために機械の正義を踏み外してしまった商品」に成り下がる、というのが世の常。


そんなモノ作りの悲劇に、さしものメルセデスも次第に巻き込まれていき
もはや他社製品と見分けのつかないようなクオリティのクルマを、一時期とはいえ作らざるを得なくなってしまったのでしょう。


いつしか「最善か無か」の標語も掲げられなくなった当時のメルセデスをして『ベンツ暗黒の時代』と形容する人もいるぐらいです。


その標語は最近になって、再び掲げられるようになりましたが
ここ数年でデビューを果たした同社のクルマを見ていると
暗黒の時代を経て、自分たちの在るべき姿、自分たちが求められているクルマ作りを彼らなりに考え
現代に沿った形で表現し始めたようにも見受けられます。


そんな紆余曲折のメルセデスが本当にメルセデスだった、その最後の時代に産み落とされたのが、質実剛健、大艦巨砲、威風堂々、驚天動地、天下無双、強烈無比といった
現代のクルマには求められなくなったファクターを持つW140シリーズ。


明らかな思想の転換は、その次のW220シリーズから始まるわけですが
モデルチェンジした際にW140からW220に乗り換えて、その著しい変わり様に驚き
慌ててW140を買い戻した人を、私は何人も知っています。


ひとことで言えば「やりすぎ」
それほどまでの過剰品質。
それほどまででありながら30年経った現在に至るまで、その実を結ぶことのなかった花が
私の目の前に突如現れたのです。

 

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しかも、フルオリジナルの状態で。


それが何故だか「武士は食わねど高楊枝」っぽくて、その潔さがかえって儚く映ってしまいました。


あの頃のメルセデスが本当に目指していたものは何だったのか。
次代に遺そうとしたものは何なのか。


学ぼうとする目で見なければ
学ぼうとする気持ちで乗らなければ
ただのポンコツ、ただのネオクラシックカー


されど温故知新、不易流行。


どのくらいの付き合いになるのかは分かりませんが、楽しみにしているのはクルマそのものではなく
ラストメルセデスとも呼ばれる、この大艦巨砲時代最後の徒花から何を学ぶことが出来るのか
いや、何を学び取るべきなのかを
必死で考えようとしている自分自身に他ならないのです。

 


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